【第1話】「このままでええんか?」和歌山の工場勤務だった僕が、代官山で社長になるまで
【第1話】「このままでええんか?」和歌山の工場勤務だった僕が、代官山で社長になるまで
株式会社タマイエ 代表の玉井脩斗(たまい なおと)です。
今年、僕は31歳になりました。 東京・代官山で「株式会社タマイエ」という不動産会社を立ち上げ、最高の仲間とお客さんに恵まれながら、毎日現場を走り回っています。
和歌山の田舎町で工場勤務をしていた高卒の僕が、なぜ大企業の安定を捨てて上京し、代官山で会社を創るに至ったのか。
今日から、僕が歩んできた道を何一つ隠すことなく、赤裸々に書いていこうと思います。
まずは、すべての原点である「和歌山でのくすぶり」から話をさせてください。
良い人ばかりの職場と、消化できない「もやもや」
地元の高校を卒業した僕は、誰もが知る大手鉄鋼メーカーに就職しました。 高卒の自分にとっては十分すぎるほど手厚い給料と福利厚生。何一つ不自由のない毎日でした。
職場の上司や先輩も、本当に親切で良い人ばかりでした。人間関係のストレスもなく、恵まれた環境だったと思います。
でも、僕の心の中では、ずっと何かが激しく「くすぶって」いました。
朝起きて会社へ行き、決められた作業をこなして、休日を待つ人生。 居心地が良いからこそ、自分がぬるま湯の中で少しずつ腐っていくような焦燥感がありました。
「何かを成し遂げたい」 「何としても、成り上がりたい」
野心や焦りだけは人一倍強いのに、何をどうすればいいのか分からない。出口のない暗闇の中で、ずっともやもやした感情を抱えていました。
先輩の夢と、僕が抱いた違和感
ある日の休み時間、僕は職場の尊敬する先輩に、ふと疑問を投げかけてみました。
「先輩って、将来の夢とかあるんですか?」
先輩は少し考えた後、穏やかな笑顔でこう答えました。
「夢かぁ……。大きな問題を起こさずに、定年まで無事に過ごすことかな。そのまま穏やかに暮らせたら一番幸せやわ」
その答えを聞いた時、胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚がありました。
先輩の言っていることは、決して間違っていません。家族を守り、与えられた仕事を誠実にこなし、穏やかな定年を迎える。それも一つの素晴らしい人生のあり方であり、尊重されるべき価値観です。
でも、当時の20代前半の僕には、その生き方がどうしても受け入れられませんでした。
「このまま大きな失敗も挑戦もせず、ただ時が流れていくのを待つだけの人生でいいのだろうか?」 「決められたレールの上を歩いて、そのまま終わっていくのだろうか?」
先輩たちの誠実さを理解できるからこそ、自分の心の中に芽生えた強烈な違和感をごまかすことができなくなっていきました。
サーフィンで出会った、キラキラした大人たち
そんな僕の世界を一変させてくれたのが、サーフィンとの出会いでした。 親父にお願いして始めたサーフィン。そこで出会った大人たちは、僕の知っている世界とは全く違っていました。
日焼けした顔で自分の生き方を楽しみ、自分の夢を持ち、自分の力でお金も稼いでビジネスを動かしている。
「自分の夢に向かって生きている大人は、こんなにもキラキラしてカッコいいんか」
サーフィンで出会った大人たちと接する中で、「経験することの大切さ」や「自分の足で立つ面白さ」を学びました。
「僕も夢を持ちたい。そして、その夢に向かって死ぬ気で努力して、こんなカッコいい大人になりたい」
周囲の「時が流れるのを待つ」空気から飛び出し、自分の人生を自分の手で攻めていきたい。 海で出会った大人たちの眩しい背中を見つめながら、僕は静かに覚悟を固め始めていました。
(第2話「『でお前、宅建持ってるん?』夜勤の屈辱と、図書館に籠もった3ヶ月」へ続く)